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2008/06/18
全視協執行委員 吉田重子氏−−一人旅のエピソード
投稿: 旅システム (11:23 am)
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旅先で全盲の私が一人でホテルに宿泊することは、今では取り立てて決断を要することではなくなった。 しかし、20代の前半、そんなことが初めてのころは、なかなか勇気を要することだった。旅行会社を通して、あらかじめ「全盲のものが一人で泊まれるホテル」の確認などしてもらっていた。そのようにして、初めて宿泊したのは、たしか、大阪の梅田駅前にあるホテル阪神だった。長年の悲願、阪神タイガースが優勝した次の年で、ずいぶん以前のことである。阪神グッズが売っていて、こんなときは、同伴者がいて、一緒にウインドショッピングなどできたら面白いな、などと考えていたものだ。 あれから、何年?いつしか、全盲者の単独宿泊について、予告や許可など必要を感じなくなっていた。「出かけて行ってしまえばこちらのもの」という構えになっていった。となると、宿泊先での思わぬエピソードも生まれてきた。 もう10年ほど前の話になるが、私は出張で、ある地方都市のホテルに2泊滞在した。そこは、出張先から紹介されたビジネスホテル。実に小ぢんまりとした建物だった。1泊目の夜は、先方の方々と外食し、このエピソードは2日目に起こった。 その日の夕方、ホテルに帰った私は、フロントで夕食についてたずねた。 ホテルには、小さなレストランがあり、朝食をそこでいただいたとき、夕食のメニューは洋食の日替わりコースのみと聞いていたので、あらためて確認した。 私は洋食のコースなど食べたい気分ではなかったし、明日までに読んでいかなければならないものがたくさんあり、部屋でお弁当でも食べたほうがよいなと判断した。 「近くにコンビにはありますか?」と尋ねると、「あります」とフロントの女性。 ここで、最近の私なら「恐れ入りますが、どなたか案内していただけませんか?」とすぐにお願いしてしまうところだが、当時は、まだ少し若かった。 思案しながら「ここを出てどちらの方向ですか?」などと道を聞く。となぜか私は道順を聞いたことを覚えている。初めてのところで、一人で行けるわけもないのに。 そのような説明の最中に突然「あ、●●さん、このお客さん、そこのコンビニでお弁当買いたいんですって、ご案内してあげてください。」とフロントの彼女がちょうど通りかかった従業員の男性に声をかけてくださった。 従業員の彼は一瞬戸惑った様子だったが「はい」と言って、私をガイドしてお店に案内してくださった。 店内で「何を、どう説明すればいいですか?」 「お弁当が買いたいので、どんなのがあるかいくつか読んでいただければ」 「私、こういうお弁当って買ったことがないんですよね」と言いながら店内を歩きお弁当コーナーを探した。 とりあえず目的のお弁当を購入しての帰り道。 「ところで、そちら様は、ホテルでどのようなお仕事をしていらっしゃるんですか?」ああ、この質問に対する回答が他のものであったなら、この文章、皆さんの目に触れることはなかっただろう。 「私は、ホテル・レストランのコックです。」 ガガーーん!穴があったら入りたい!ホテルの前に穴を掘ろうか! 「ごめんなさい、ごめんなさい」私が悪いわけではない、いや、誰を攻められるわけでもないけれど、私は何度も謝っていた。 「べつに、いいですよ。」彼は、終始たんたんとしていた。それにしても、これは、なかなかできない経験ではある。 今から考えてみてもそこはビジネスホテル。従業員数には余裕はなかったのだろうから、フロントの彼女のとっさの采配に、あらためて感謝すべき思い出だ。 |
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