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 旅システムさんのエントリ配信

2018/09/18
日本母親大会に参加してー長屋いずみ

投稿: 旅システム (9:50 am)
 日本母親大会に参加しました。
 台風20号が本土を襲った直後の旅です。不安を胸に空港へ向かいましたが、ほぼ正常運行、一安心し集合場所に向かいました。直行便はないため往路は伊丹空港経由です。千歳からほぼすべて雲海の中、着陸直前に視界が開け眼下を流れる川がかなり増水しています。“これ以上降るな”と願いました。伊丹からは久々のプロペラ機。「この天候でプロペラ機、、、」予感的中で揺れましたが十分程の遅れで到着。
 今回開催されたのは、高知市。四国の太平洋側に位置する県庁所在地です。鳥取、島根県に次いで3番目に人口が少ない県。日本最後の清流といわれる四万十川のほか、仁淀川、物部川、安田川などの四国山地からの清流が多く流れ、水不足はありませんが、治水が課題で長年取り組んできた歴史を持ち、カツオの一本釣り漁が有名でカツオ消費量は全国一です。
 到着後に班員とともに高知城を見学。「自由と平等」を民衆に呼びかけた板垣退助像を横に観ながら、城を見学。天守閣や追手門などの建物は国の重要文化財で、ほとんどそのままの形で残存しています。その後、近くの「ひろめ市場」に移動し、カツオのたたき定食など商店街で調達しながら夕食交流。まだ5時過ぎというのにすでに観光客や地元の若者、高齢者などでにぎやかです。市場は、飲食店舗だけではなく物産店、洋服店なども混在する、大きな屋台村のような施設です。お隣の若者とも気軽に情報交換や交流しました。
 2日目、全体会の開会は午後。午前中は、五台山の県立牧野植物園を見学しました。「スタンプラリーを開催中です。景品もつきます」と植物館職員のお誘い、みなでラリーに参加し、楽しみながら園内を見学する。約6haの園内、野生植物などが約3000種類。植物名の横に「開花中」「今が見頃」などのコメントもあり見学者への配慮と管理が行き届いていました。
 いよいよ、当日の母親大会。全体会オープニングは、高知県立追手前高校吾北分校の「清流太鼓」。和太鼓の奥深い響きに感動するとともに気になった「分校」の二文字。吾北分校は全校生徒58名、一学年20名弱の小規模高校。高等学校再編振興計画で統廃合の対象校。入学者が20名に満たない年が2年連続すれば募集停止(2年後に廃校)となる旨がホームページにも明記されています。全国どこでも学校統廃合の波が襲っている。
 来賓として尾崎県知事、岡崎市長が挨拶され、4300人という大きな取り組みで県をあげて歓迎されていることを実感しました。
 記念講演は渡部治氏。戦後、政権は幾度となく改憲を狙ってきた。しかし、安倍改憲は憲法そのものを「なきもの」にすることが狙い。今後に考えられる改憲スケジュールと、それを阻むべき「市民と野党の共闘」を強く大きくするために共同の力で「3000万署名」運動を広げよう、と語りました。
 聞きやすく、わかりやすいお話でスッキリ!です。
 「今日の運動」で高知の女性たちの寸劇に続き、各地域、職場での問題や課題とともに1分間発言。「セクハラや性的被害をなくそう」「過労死増やすな」「子どもの安全守れ」、学校現場や原発問題、核廃絶など、ラストは沖縄からが、県知事選勝利に向けて頑張る決意が述べられました。
 北海道からは、4月に「種子法」が廃止され、後ろ向きな高橋道政のもと道条例の制定を求めて運動を広げる決意を私が代表し発言しました。
 終了後には、自由民権記念館へ移動し、高知生まれのプロレタリア作家、槇村 浩(まきむら こう)の創作劇を鑑賞。反戦運動・労働運動にも参加し、小林多喜二と同時代に生き、朝鮮人民との連帯、植民地解放を訴えつづけました。弾圧を受け、拷問と投獄により身体を壊し死去、享年26歳でした。あの時代、全国各地で反戦や労働運動に参加し声をあげ続けた若者がいたこと、その事実を語り継いでいる方々がいることに共感です。
 翌日の分科会は、「子どもの心に寄り添って」。「自己肯定感」が大切だと説く臨床心理学者、高垣忠一郎さん(京都教育センター代表)が助言者です。
 高垣さんは、「子どもは学校でも社会でも評価されることばかりで、自分たちの思いを表現する機会や場所が少ない」と語り、大人も子どもも、自分の心を大切にして向き合ってほしい、そのためには一人ひとりが尊重される社会をつくることが必要と話しました。
 会場からは「子どもが不登校、心が折れそうになったとき、周りの人たちが助けてくれた」「子どもたちが生きづらい社会や政治がある。声をあげて変えていきたい」など、教育の歪み、子育ての苦労や悩み、社会を変える意気込みなどを交流しました。
 虐待、子どもの貧困など子どもを巡る問題が噴出しています。子どもたちや生命を守るためにと、真剣に語るたくさんの方々、改めて母親運動の原点を感じました。
 西日本豪雨や猛暑で、あるいは台風や北海道地震で亡くなる方が相次ぎ、日本全国に不安が広がっている中で被災地対策よりもカジノや総裁選を優先する政治がはびこっている。 憲法を作り国会を開こう、税金を下げろ、言論や集会が自由な世の中に、と訴え、それが全国に広がり、日本で最初の国民的な民主主義運動になりました。その運動の発祥の地、高知で改めて「生命を守る政治」に変えていこうと胸を熱くした旅でした。

北区 長屋いずみ
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