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 旅システムさんのエントリ配信

2016/01/26
日本平和大会 in 富士山に参加して

投稿: 旅システム (11:02 am)

有角拓矢さん


 10月31日.11月1日に開催された日本平和大会in富士山に参加しました。米軍と自衛隊が使用する富士演習場があり、「世界遺産の富士山にミサイルを撃つな」と全国から1000人を超える参加者が集まりました。最初に御殿場市内にある米軍基地《キャンプ富士》を視察しました。現地の方は、「御殿場市には基地交付金が国から交付されていて、使途は小中学校建設や温泉など施設利用の補助金に充てている」といいました。小学校は周囲の環境とは違い、とても立派な建物でした。交付金に頼った市の財政運営となっているように思え、地方自治体を金で操っているような政府のやり方は許せません。


デモ行進はドラムをたたきながら“富士山打つな”と叫んできました


 開会集会では、問題の根本は「日米安保条約」だとし、大本を正していこうと呼びかけられました。私の問題意識と一致していたので確信が持てました。韓国平和軍縮センターのイ・ミヒョンさんは、憲法9条が東アジアの平和の基礎を築いたことを忘れないでほしいと話され、9条は日本のものだけではないと改めて感じました。
 全国各地から運動の報告がありました。山梨の演習場では、オスプレイの山岳訓練だと伝えているそうで、「富士山にオスプレイは似合わない、県民を騙し戦争に突き進むことは許さない」と闘っています。沖縄の米軍辺野古新基地建設問題では、「防衛大臣は沖縄を抑止力のための重要な土地と言っているが、そこには県民の暮らしがある。沖縄を“土地”としか見ていないのはアメリカ従属の表れだ」と怒りを込めた訴えがありました。辺野古埋め立て取り消しは単なる行政手続きではない。人権を守る闘いだということが心に残りました。米軍基地は沖縄だけの問題ではなく、全国どこにでもありうることです。横須賀においても、最新の米原子力空母が配備され、永久に横須賀港を米軍港にしようとしています。日米政府は放射能は空母内に留めていると強弁しています。米軍基地の痛みを分かち合うのではなく、日本からその痛みをなくしたいと強く思いました。


富士演習場で使われた砲弾の破片


 集会が終わり、会場から宿泊ホテルまでタクシーで移動中、運転手さんと話しました。演習の時は砲弾が落ちるとその衝撃で家は基礎から揺れるそうです。これには驚きました。そして、「“基地がきて交付金がきて”道路や学校がきれいになった。温泉施設などの利用の際には補助金が出るようになった。無駄には使っていない」と話されました。本当にそれでいいと思っているのだろうか?と、複雑な気持ちになりました。しかし「でも難しいよね」といっていたのが、基地のある街の苦悩を物語っているようでした。
 2日目の朝、ホテル周辺を散歩しました。天候にも恵まれ、富士山がきれいに見えました。自然とその雄大さに引き込まれました。しかし、その麓には演習場があると思うと憤りを感じました。軍事訓練が日常となっているこの街のこと、日本社会のことを考えずにはいられませんでした。この日は分科会で、「入門編。何のための基地?」に参加しました。
 戦時中、日本人は「ジャップ」と差別されていましたが、「人間として見ないようにしなければ戦争はできない。あらゆる差別を克服することが重要だ」ということがとても印象に残りました。


富士山とその周辺の地域


 富士演習場で砲弾の欠片を持ち帰った方がいて、実際に触れることができました。ずっしりと重い鉄の塊。両端は鋭さがあるようにも思え、殺傷能力の高さがわかりました。これが実際に戦場で使われ、多くの民間人が犠牲になっています。まさに、富士演習場がアメリカの戦争の土台となっていることを肌で感じたような瞬間でした。軍事演習がある時は、「流れ弾にご注意下さい」と、アナウンスが流れるとのことでしたが、どう注意したらいいのか、注意しても防ぎようがないのです。そんなアナウンスを流すのではなく、演習場を無くさないと砲弾の被害はなくなりません。実際に御殿場市に来なければ知らなかったことでした。現地を見て学ぶ重要性を実感しました。
 最後は市内をデモ行進し、ドラムをたたき“富士山打つな”と叫んできました。とても注目され、車の中から手を振って下さる方がいて嬉しかったです。全国と連帯して運動する大切さを実感できた大会でした。日本のどこにも米軍基地はいらない。これからも頑張っていきたいです。

有角拓矢さん 札幌市在住
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