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 旅システムさんのエントリ配信

2007/05/24
岩手民医連 遠藤洋史氏  −らい病予防法とハンセン病者のたたかいの歴史−

投稿: 旅システム (11:48 am)

「知ること」の大切さを感じることができました
岩手民医連 遠藤洋史氏



  北海道と東北民医連さんでは合同で毎年医学生さんのための合宿をされていらっしゃいます。
広島・沖縄・韓国など主に歴史や平和のことを学ぶ企画なのですが、今年は人権をテーマにということで、草津のハンセン病療養所の栗生楽生園を訪問しました。
今回は岩手の遠藤洋史さんにレポートを書いていただきました。
写真は、重監房跡地です。当時は暖房も明かりもなく1日2食の食事、会話もできないという状況でした。
ここに建物を復元して後世に伝えたいと谺雄二さんもおっしゃていました。
(青木)
 




 3月25日〜27日の3日間に行われた東北・北海道合同の医学生合宿に44人が参加しました。
「人権」をテーマに、ハンセン病療養所の栗生楽泉園を見学し、ハンセン病問題に関わり続けてきた元民医連医師の寺島萬里子先生、栗生楽泉園で実際に生活した谺雄二さん、学生と共に中国のハンセン病患者等への国際的なボランティアを進めてきた西尾雄志さんのお話を聞き、過去の過ちから私たちが求められる意識を学びました。



 栗生楽泉園は1932年に設立された国立ハンセン病療養所。歴史的にハンセン病は身体障害が感染すると強く信じられていたために強制的に社会から見捨てられ、隔離政策を受けていた。
明治時代から始まる隔離政策が憲法違反であることが認められたのは2001年の熊本県地裁。
また、日本では療養所所長に対して、裁判をせずに患者を拘束し、罰する権限が与えられていた。
栗生楽泉園には「最高刑」を与える場所として重監房という非人道的な独房までも作られた。
重監房は日本のハンセン病問題を象徴する大きな「負の遺産」、日本のアウシュビッツとも言われ、同じ過ちを繰り返してはならない為にも語り維ぐ必要がある問題なのです。
…ということで合宿の目的は.魯鵐札麌駄簑蠅鰺解し差別や偏見、歴史と事実を知る。¬燭梁困気篆祐屬梁左靴砲弔い胴佑┐襦0緡貼昌者として今後求められる役割を考える。こ慇呼瓜痢⊃Πとの交流をはかり絆を深める…でした。

 寺島萬里子先生のお話しは、戦争当時の女性の立場から、医師を目指した理由など興味深い内容から始まりました。
戦争とハンセン病、そして写真を使っての療養所説明は非常に印象に残りました。
「ハンセン病がこんなに酷い差別を受けてしまった理由には戦争が大きく関わっていると思います。政策の中に優生学が掲げられて、ハンセン病の患者さんはますます虐げられちゃったのです。そんな時代を乗り越えてこられた方々は今は堂々としていて驚かされます。点字舌読を何ケ月も掛けて習得されたり、俳句や絵画等様々な生きがいを持っておられて…」

 谺雄二さんは自分の体験を通して様々なお話をしてくれ、過去の医師が生み出した過ちから、医師として考えるべきこと等を学ばせてくれました。
また、漫画や映画にも含まれる差別・偏見的な捉え方は新しい見方として参考になりました。
「昔から業病や天刑病等と言われていたが『日の丸のしみ』と言われて自分の病気の重みを知った。
ハンセン病に関する悪い情報を入れた映画を上映などしてマインドコントロールして国民そのものを密告者に仕立てて通報させたり…収容される時は手錠を掛けられたり消毒を頭から掛けられたり、既に人権も何も無かったんです…」

 西尾雄志さんは多くの学生やハンセン病患者さんだった小牧さんから学び、日本と中国の関係をハンセン病に対する差別的な共通点から結んでいくというグローバルな発想での取組みを紹介してくれました。
「みんなもボランティアをやってみてよ!使命感云々よりもまず本当に楽しいから!」
なるほど!ボランティアにはそういう思いがすごく大切なような気がします。

 参加者からは「自分が何をするべきなのか考える良い機会になった」との感想も出されました。
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