缶   詰


 旅システムさんのエントリ配信

2010/01/30
北海道洞爺湖町議会議員 立野広志氏――有珠山噴火からもうじき10年…地域と住民生活はいま

投稿: 旅システム (9:30 am)
  洞爺湖の景色は、私の大好きな景色です。
湖があって、島があって、山があって、そして温泉も・・・ でもそれは火山の恩恵。
だから噴火を繰り返します。
2006年に虻田町と洞爺村が合併して新しくなった洞爺湖町ですが、立野さんは虻田町時代から6期町議を務めていらっしゃいます。
洞爺湖が入るツアーの時に噴火跡の案内や町政についての懇談などお願いすることがあるのですが、とても楽しくためになる時間を過ごせます。
洞爺湖町は、千歳空港からもそんなに遠くないし、温泉街隣接で町の文化センターがあるので、全国大会の場所としてもお勧めです!
(青木)
 

 北海道の有珠山は、歴史的にみると約30年ごとに噴火を繰り返しており、有珠山周辺地域はそのつど大きな被害を受けてきた。現在、地域の復興、再生に向け、様々な取り組みが展開されているが、その際とくに重要なことは今回の災害体験を将来の防災対策の充実、強化や、地域づくりにいかに反映して行くかにある。
 地域に住む人々にとって火山噴火は、産業、生活に多大な被害をもたらすか、同時に温泉など自然の恵みをもたらし、また噴火以後は、自然の営みについて学習できる生きた教材にもなっている。

 一時約1万7 千人(虻田町民10,900 人)の住民が避難生活を強いられた2000 年の有珠山噴火から10 年。有珠山周辺の観光地では、一時激減した観光客の足が戻ってきた。全国キャンペーンなど、積極的な観光振興策を打ち出してきた北海道洞爺湖町(噴火時は虻田町)では、火山との「共生」が試みられ、噴火前とほぼ同じ年間300万人台の観光客に回復しつつある。

 洞爺湖温泉地区は噴火によって市街地の4分の1にあたる20ha に砂防用の大型ダムが建設され、住める土地も少なくなったが、住民はこれに負けることなく積極的なまちづくりの提案活動や実践活動が繰り広げられてきた。

 熱泥流によって破壊された洞爺湖温泉小学校の校舎再建では、町民自ら「温小再建を考える意見交換会」を開催、災害復興補助の常識とされる「現状回復」ではなく、将来においても安全な地域での学校教育のために4km 離れた場所での再建を実現。
 また、町民有志による「560 万人の観光地づくりワークショップ」は、火山や砂防の専門家と行政関係者も参加して、8回にわたる検討会を開催。砂防地内の被災建造物を遺構物として保存展示することが実現し、そのためにダム建設を設計変更させ、施設に通ずる散策路の整備も実現。

 住民自身による町おこしも活発で、全長15 メートル、高さ7 メートルに及ぶ大型の龍の灯ろうを、ホテル・旅館・飲食店・土産店などの従業員や経営者、教員や退職者が「灯ろうを復活させる会」を結成し製作、噴火の2 年後から湖上に浮かべ“灯ろう祭”を開催。
 火山や噴火遺構を巡る散策路を活動拠点に、「有珠山ガイドの会」が結成され、年間46,200 人(05 年実績)のガイド活動を行っている。
 噴火による全国からの支援を忘れず、共存するまちづくりを将来にわたって実現しようと、「有珠山噴火メモリアル委員会」が結成され、2001 年から毎年、多くの町民が参加して『有珠山噴火メモリアル感謝祭』が開催されている。
 2003 年には「春風に乗ってやって来い、三宅の子」をスローガンに、三宅島の小学生54名を、町民や事業者からの寄付金で招待し、同世代の小学生の家庭でのホームスティや「火山とともに生きる子供サミット」を開催。毎年恒例となった5,000 個を超えるアイスキャンドルが路地に連なり、ホテルや飲食店、商店が感謝をこめた半額謝恩セールを実施。小学生によるマグマ活動や水蒸気爆発の模擬実験など多彩な企画に総勢300 人を超える町民が協 力・参加している。

 旧虻田町はこれまで、国の制度に上乗せし、703 世帯の住宅被害者に対して、再建支援として全壊家屋には500 万円、半壊には250 万円の見舞金を支給。火口を巡る散策路周辺の宅地や建物については買い取り補償を行うなど、住宅再建を生活再建の基盤として実施してきた。
 一方、国と北海道の対策の基本は、公共施設の復旧が中心で、肝心の雇用と生活、営業再建への公的支援は既存の救済制度を拡大解釈しての運用であった。自立再建が困難な被災者に対する満足な補償もなく、不況と噴火災害による影響は地域の観光産業と雇用をさらに減退させ、教育や保健・医療環境の悪化、避難生活に伴う地域社会形成の遅れなど、深刻な事態は未だ続いているのも現状です。

≪歳入の大幅な減少≫

 三位一体改革が断行された2004 年から3 年間で、公営住宅家賃対策補助金や保育所、老人保健など1 億7〜8 千万円が一般財源化され、交付税の削減は2 億から3 億円も減少しており、そのために、合併当初の歳入見込額を大幅に下回り、3 億7 千万円の減少となっている。
 平成19 年度決算で経常収支比率は100.1%と100%を超え、平成20 年度決算では、102.1%となるなど厳しい財政状況となっている。
 また、国や道が強力に推し進めてきた、平成の大合併のメリットの一つとして強調してきた合併振興基金の10 億円は、繰替え運用の制限で、使い勝手の悪いものであることが明らかとなった。
 町税収入は、噴火による観光客の激減や経済不況のもとで、噴火前のピーク時には1億4千万円あった入湯税も08年度は9,800 万円と減少。企業の閉鎖や倒産も相次いでいるなど、経済環境の悪化もまた影響している。

○ 有珠山噴火の復興対策による起債増加で、財政健全化団体に

 町は2000 年有珠山噴火の復興対策費として、8年間に計345億円を投じた。その結果、町債は89億円に上り、公営住宅21棟計332戸の建て替えに約30億円を費やし、道路建設や改修も実施してきた。その結果、08年度末の町債残高は約153億円に上り、一般会計予算の約2.5倍に膨れ上がり、08年度の償還額は約18億円と財政を圧迫している。
 そのため、洞爺湖町は08年度の決算の結果、収入に対する借金返済の割合を示す実質公債費比率が29.8%に達し、自治体財政健全化法の判断基準25%を上回り、財政再建が義務付けられる早期健全化団体となった。
 町は今後、2012年度決算で実質公債費比率が基準を下回るよう財政再建を進めるとして、「財政健全化計画」を策定し固定資産税の超過課税などの増税と保育料金、公共施設使用料など住民の負担増や歳出削減を計画している。

○ 産業への打撃

 噴火災害による人口の流出、少子高齢化、農業者の離農、人口減少等の社会構造の変化、地域経済活動の停滞等が続き、08年度から09年度にかけて、建設事業者やホテル経営者の自殺、50年以上の創業実績のある缶詰工場の閉鎖、大手ホテルの規模縮小されるなど、観光業では旅行形態の変化や有珠山噴火による観光客の落ち込み、農林水産業においては後継者不足や従事者の高齢化、災害による防災施設の整備に伴い居住地域の移転、既存事業所の廃止傾向も続いており、今後も雇用の受け皿としての増大は望めない状況に加え、若者の人口流出にも歯止めがかからない状況にあります。

○ 2000 年災害での特記事項や課題等

現行制度の災害対策基本法、災害救助法、水防法については、地震・台風・津浪・大雨による災害等短期の一過性災害を前提としている。しかし、有珠山の火山活動の終息宣言は2001年5 月であり、火山災害は長期にわたる災害である。活動火山対策特別措置法があるが、常に噴火している桜島の降灰除去をベースにしたものであり、雲仙普賢岳や三宅島、有珠山災害など長期化する災害対応では複数年での予算措置や長期的な観点での復旧対策や財政支援等の新法が必要である。
家族同様の犬や猫などのペットを自宅に置いてきていたためにその救出の問題、一部の避難所にだけペットが預けられず、車等での長期生活などが大きな課題である。
虻田町役場機能の豊浦町への移転したこと。また虻田町民1 万人に対して役場職員158 人で避難生活者へのサポートをしていることは、単純に職員1 人あたり65 人を担当したことになるが、広域になった31 ヵ所の避難所運営には北海道庁を中心として全道市町村役場職員による支援体制で行なわれたこと。
全国からのボランティア支援については、各市町村の公共施設が避難所として使用されていることから当初の受け入れはできなかったこと。洞爺湖温泉町など自宅へ帰宅してからの除灰作業等で受け入れしたこと。
避難所の食事は、災害対策法の規定では1 日1050 円となっているが、到底間に合わない内容のため、自治体の負担が増えている。さらに、長期にわたったことから、ほとんどが最初からコンビニ弁当であった。

≪データ編・・・pdfでご覧ください≫

| コメント (0) | 閲覧数 (2669)
印刷用ページ
投稿された内容の著作権はコメントの投稿者に帰属します。
Powered by XOOPS Cube 2.0 © 2005-2006 The XOOPS Project