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 旅システムさんのエントリ配信

2008/07/25
北海道農民連書記長  野呂光夫氏−−一平和サミットで

投稿: 旅システム (9:40 am)
 
 2008年7月4日から、G8のサミットに先駆けて北海道で平和サミットが開催され、外国人を含むたくさんの方が集まりました。
 本文でも触れていますが、千歳の入管がことのほか厳しく、韓国の代表19名は足掛け3日間入管に足止めをされたあげく帰国することになりました。
 野呂さんは札幌の受け入れで中心となって活躍されましたが、その中でのできごとを今回書いていただきました。
(青木)
 



 7月5日に行われた「国際平和シンポジウム」(平和で公正な世界を!サミット北海道連絡会などが主催)でスピーカーを務めた、韓国のナム・スンミンさん。
 韓国の代表団十九名は入国を拒否されましたが、ナム・スンミンさんは農業視察で事前に大阪に来ていたために、ただ一人の韓国の農民代表となりました。

 国際平和シンポジウムで、会場からナムさんに「日本人のことをどう思っているか」という質問が出されました。その質問に「皆さん伊藤博文を知っていますか」と問いかけ「時間がないので、これを私の答えにします」となぞめいたことを述べました。

 伊藤博文は、1909(明治42)年10月26日、ロシア旅行のために満州の哈爾濱駅(ハルピン)を訪れた際、韓国独立運動の活動家でカトリック信者の安重根(アン・ジュングン)によってブローニング社製の自動拳銃で銃殺されました。
 日本では安重根をテロリストで、朝鮮併合に導いた人物としていますが、韓国の教科書では、抗日運動の活動家として「安重根記念館」に英雄として祀られています。
 安重根は、旅順の関東法院で死刑を宣告され幾程もなく同院で処刑されましたが、この主任弁護士であつたのが高知弁護士会長で元代議士水野吉太郎さんでした。

 ある日本人の娘さんが韓国を訪れた際「私は水野吉太郎のひ孫にあたります」と言ったところ、韓国では熱烈に歓迎したと言います。
 おそらく、ナム・スンミンさんは「韓国では、ふるい恩人のことは忘れない、そして日本人にはいろんなが人がいて、私たちの仲間もいる」と言うことを伝えたかったのでしょう。
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