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先住民の足跡を訪ねる旅 2012年7月8日〜10日

先住民の足跡を訪ねる旅 2012年7月8日〜10日高ヒット
前回更新2012-8-7 7:50    ヒット数1098  コメント数0    
資料館で説明する弦巻先生

 先生は、ジャッカ・ドフニ、網走監獄博物館、北方民族資料館に同行し、熱心に解説をしてくれました。家に戻って“ルーツ”を探ってみると、ボクの爺ちゃんだけでなく曾爺チャンも子どものいない岡崎家に子どもの頃に弦巻家から養子にいっていることがわかりました。“血”は完全に弦巻だということです。父さんに「その前はわからないの?」と聞いたところ、「100年以上前のことまではわからんヮ」と言われ、確かに5代前は慶応元年(1865年・江戸末期、明治維新の3年前)生まれなので、記録はねェ…。もはやこれまで!か。

提供岡崎恵治さん

先住民の足跡を訪ねる旅 2012年7月8日〜10日

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網走湖畔で全体写真


提供岡崎恵治さん

先住民の足跡を訪ねる旅 2012年7月8日〜10日

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静眠の碑

 ウィルタとして“生きる”決意を固めたゲンダーヌさんは、3つの誓いを立てました。一つが民族の文化を伝承する資料館の建築。二つ目が、シベリアの収容所で亡くなった同胞の供養とともに、日本政府の責任を歴史に刻む意を込めて碑を建てること。「静眠」の碑がそれです。

提供岡崎恵治さん

先住民の足跡を訪ねる旅 2012年7月8日〜10日

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資料館内

 資料館は、ゲンダーヌさんの遺志を継いだ義妹のアイ子さんが亡くなったため、昨年11月から閉館となっています。今回は、私たちの見学のために開けていただきました。写真のウィルタ文様の刺繍、海獣の毛皮や内臓を使った生活用具などが展示されていました。

提供岡崎恵治さん

先住民の足跡を訪ねる旅 2012年7月8日〜10日

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ジャッカ・ドフニ(北方少数民族資料館)

 「大切なもの収める家」という意味で、今のロシアのサハリン島(戦前は南半分が日本領で樺太島と呼ばれていた)に住む北方少数民族ウィルタの言葉です。シベリアの収容所から解放されたゲンダーヌさんは、「招集した日本なら救済してくれる」との希望を抱いて北海道に住むことに。名前も北川源太郎としました。そして、軍人恩給を申請しましたが、裁判では「日本国籍でなかった」「軍が招集した記録はない」と退けられました。源太郎さんは、ウィルタ人として生きる決意をし、民族の文化を継承するために、この資料館を建てました。

提供岡崎恵治さん

先住民の足跡を訪ねる旅 2012年7月8日〜10日

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鎖塚 供養碑

 道路建設中に亡くなった囚人、もはや働けないと見られると生きたまま埋められた囚人の供養のために、開道100年にあたる1968年に鎖塚の由来を記した立札が立てられ、後に供養費が立てられた。道内でも有名な心霊スポットです。

提供岡崎恵治さん

先住民の足跡を訪ねる旅 2012年7月8日〜10日

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囚人が足にはめられた鉄球

 見るからに重そうな鉄球で…。こんなのをつけて働いたり、歩いたりできたのだろうか…。これをかかえて、逃亡する囚人もいたと言います。こんなのがホネと一緒に地中から出てきたら、掘り出した人は、さぞビックリしたことでしょう。

提供岡崎恵治さん

先住民の足跡を訪ねる旅 2012年7月8日〜10日

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網走監獄博物館前の像

 博物館は、人形が牢屋、浴場、飯場小屋、農場など随所に配置されていて、当時の様子を目にすることができます。牢の壁には、囚人の“落書き”が読みとれます。吹き抜けでは、3面のスクリーンに道路工事現場や飯場での囚人と看守のやりとりが映像として映し出され、その過酷さが伝わってきます。そうして、正門前にある両足に鉄球をつけて労働する囚人像を見ると、風雨の中でドロまみれになりながら、生き残ろうと必死で働く囚人の遺志が、時間を越えてこの像を動かすのではないかと、そんな思いにかられます。

提供岡崎恵治さん

先住民の足跡を訪ねる旅 2012年7月8日〜10日

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アトサヌプリ(硫黄山)近景

 硫黄の臭いが一帯に流れています。風向きが変わって吹き寄せてくると、息苦しくなり、咳き込んでしまうし、目も痛くて涙があふれ出てきます。この環境でマスクもなく、素手での作業です。どんなに辛かったことか…。明治政府に抗う者を逮捕しては投獄し労役で酷使する。「国に背く者は死んでもよい。維持費が少なくて済む」という考えでした。

提供岡崎恵治さん 

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アトサヌプリ(硫黄山)遠景

 なんといっても噴出孔で茹で上げた“ゆでタマゴ”が名物で、かつては店が数店でていましたが、今は売店での販売だけ。

提供岡崎恵治さん

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