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炭鉱の歴史と夕張の今を訪ねる旅 2011年10月30日 

炭鉱の歴史と夕張の今を訪ねる旅 2011年10月30日 高ヒット
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 清水沢にある新鉱事故の慰霊碑です。会社が作りました。
 犠牲なった方のお名前が刻まれているのですが、社員と下請け労働者は区別されていました。

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 墓地の坂を上っていくと、朝鮮人の墓があります。昭和5年に建立されたものです。
 強制連行の前にもたくさんの朝鮮・韓国の方が働きにきていたそうです。

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 鹿鳴館にて



炭鉱の歴史と夕張の今を訪ねる旅 2011年10月30日 

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 夕張市議で活躍中の熊谷桂子さんに来ていただき、財政再建団体となった夕張市の状況をお話していただきました。


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 参加してくださった元衆議院議員の児玉健次さんは、石特委をされていて、石炭の重要性について国会で訴えられていました。
 当時のこと、これからの石炭の可能性についても語ってくださいました。

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 昼食は交流会を兼ねて鹿鳴館で蝦夷鹿ハンバーグをいただきました。
 鹿鳴館は、北炭全盛期の大正2年に建設され、迎賓館として使用されていました。
 経済産業省認定の「近代化産業遺産」や「北海道遺産」に認定されています。
 食事をしたこのホールでは、当時舞踏会なども行われていたそうです。
 午前中に見学した労働者の生活とはかけ離れた世界がそこにありました。

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 石炭博物館内の坑道展示。当時の労働者のマネキンです。



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 石炭博物館内を安部さんに案内していただきました。
 最盛期、夕張には11万6千人の方が住んでいましたが、今は1万と少しです。
 今年から小学校も1校になりました。

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 北上坑のあと。
 こんな風景が夕張にたくさんあります。


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 建交労夕張支部書記長の安部秀一さんに案内をしていただきました。
 3代にわたる炭鉱夫だった安部さんは、1981年10月16日、93名が犠牲になった
 あの事故の時には1番方で入坑していました。
 無事に脱出することができた安部さんは仲間たちの救助のため再度入坑しました。

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