2月22日、バスツアーで小樽へ。バス旅なんて何年ぶりでしょう。多喜二祭への参加も十数年ぶり。かつて住んでいたこともある小樽。丸ごと懐かしかった…。
さまざまな思い交錯するままに札幌駅北口の集合場所へ。小樽多喜二祭と言えば風雪のイメージが強かったけれど晴れやかな朝。「コロナ」勝りの不屈な皆さんとご一緒し、満員御礼のバスは発車しました。バスに満ちた熱気も、小樽までの車窓も、運河の空気も、奥沢墓前の光景や現地スタッフの皆さんがた…小樽はやっぱり「懐かしい」街です。

小樽を知って多喜二を学ぶ
このツアーバスは只々、多喜二祭を往来するだけではありません。道中、小樽と多喜二の歴史を徹底的に叩きこまれ、文学館の多喜二展示見学や花園町での会食。や、運河観光までも組み込まれた充実ぶりです。私は小樽住まいの経験で、だいたいのことを「知ってるツモリ」で懐かしがっていました。少し高を括って乗車したかもしれません。しかし、旅システムの内山博社長が直々にマイクを握って講釈する「小樽運河の起点」や小樽メーデーの歴史。自らの小樽警察署宿泊体験の武勇伝などはすべて未知の小樽学。この街は実に奥が深いのですね。
小樽文学館の見学では、館長の出迎えがあり、通常時は公開されていない本物のデスマスクを見学することができました。これまた初めて見るもので、感慨深いものがありました。

奥沢での墓前祭
多喜二の没後87周年。命日は2月20日。以前はその日に拘って多喜二祭が行われていたのが、今回は「人が集まりやすい土曜に」と設定され、「記念の集い(夕べ)」は墓前祭から程なくして昼下がりに開かれました。そして、来年からは雪の2月開催はやめにするという。そういう意味でも今回は歴史的なツアーだと言えるのでしょう。道道沿いの墓地入口から墓前へと繋がる長い雪の道では転びそうになりました。いつも七転八起の小径でしたが、それも今年でおしまい。前日からの除雪作業など現地実行委員会の皆さんがどれだけ汗を掻いてきたか若干は知っていましたが、改めて頭が下がります。
墓前祭、現地の菊地葉子道議も皆さんを待っていてくれました。111名の参加ということです。赤いカーネーションを献花した後には花園町へ移動して腹ごしらえ。これも予想を超える充実ぶり。太っ腹に太っ腹、でした。

「記念の集い」へ
「マリンホール」での集い開催。多喜二祭定番の会場ですが、今年の記念講演は前川喜平さん(元文科省事務次官)。これも太っ腹な企画ですね。広い会場も満員御礼。その最前列に座らせてもらい、多喜二が好んでいたというバイオリンの音色が披露(ニセコ在住の大橋さん)された後、2時間近い前川講演「安倍政権下の教育」。前川さんの話は漫談を交えながらも痛快な安倍政権批判。あっという間に時間が超過しました。
私にとって何より印象に残った一コマは、永く多喜二祭実行委員長を務めた寺井勝さん(現在は「共同代表」)による開会宣言。よれよれのズボンの下に、ミツウマの黒ゴム長靴が光って見えました。壇上のあの雄姿こそ、「多喜二祭」を象徴的にあらわしているのではないか、と思い出します。
「知ってるツモリ」の小樽と多喜二を再定義することができるバスツアーなんて唯一無二でしょう。私のことだから1年も経てば今回の勉強を全部忘れていると思います。今回お会いした仲間の皆さんともまた会いたくなるはず。そうしたら、次は2月ではないだろうけどまたこのバスに乗ればいい、と。旅の結語として、そんなところでしょうかね。

北海道私大教連書記次長  小松直人